隷書

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撮影:菊池苔鳳

隷書

漢時代になると、書体は隷書が全盛を迎え、特に後漢時代には、建碑(けんぴ)の奨励もあり、記録的な文字から、より一層の装飾性を増し、完成された姿になって行く。隷書とは、秦時代に、徒隷出身の程邈(ていばく)が作ったとされるもので、当時の公用体であった秦篆(しんてん)(小篆(しょうてん))に隷属することの意味も含めて付いた名である。
隷書には、古隷(前漢までに使用された波磔のないもの)、八分隷(左右対称形・扁平・波磔が特徴)、草隷(点画を連続させて書した隷書の原始形で、ここから草書や行書が派生して行く)がある。

禮器碑(156年)

禮器碑(れいきひ)は、魯の相(長官)の韓勅が、孔子廟を修繕し、祭礼用の礼器などを整え、孔子の親戚の子孫に恩典を施した功績を讃えて立碑されたものである。山東省曲阜の孔子廟内に蔵。
その書は、極めて方勢、痩勁な線を基調とした、高雅で理知的なものであり、古来、正統・整斉・謹厳な、完成された八分隷の神品と評され、女性美の『曹全碑』に対して、男性的な『禮器碑』として併称される。これに、『乙瑛碑』を加えて、隷書学習の最適な題材とされる。

曹全碑(185年)

曹全碑(そうぜんひ)の正式名は『郃陽令曹全碑(こうようれいそうぜんひ)』という。明時代に郃陽県の旧城からほぼ完全な状態で出土した。現在は西安碑林にある。
碑は曹全の治績を記した頌徳碑である。曹全は敦煌の人で、黄巾の乱を収拾した功績により建碑された。数多い漢碑の代表的名品であり、完成された八分の技法を示すものである。他の碑と比較して女性的とする評が多い。

リンク


●ウィキペディア(龍門石窟)https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E9%96%80%E7%9F%B3%E7%AA%9F

●全日本美術(牛橛像造記)
http://www.all-japan-arts.com/meisyojyunrei/1501meisyo.html

●文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/549440