九成宮禮泉銘(きゅうせいきゅうれいせんめい)は、欧陽詢の代表作であり、太宗皇帝が九成宮に避暑に赴いた折、甘い湧水が湧いていることを発見し、それを記念し、魏徴に撰文せしめ、当時76歳の歐陽詢に揮毫させたもので、古来、「厳正なる楷書」、「楷書の極側」と称賛されている。単純化・合理化された用筆法と背勢による結構法、品格高く妙境に達した作品である。
中国・陝西省麟遊県に現存するが、著名な作品であるが故に、たくさん拓本が行われ、文字が磨滅し痩せてしまい、改刻を加えられるなど本来の形は失われている。
【九成宮醴泉銘の文字の特徴】
①やや縦長で、頭部が大きく力強く、脚部はあまり太くなく小さめ。
②全体的に右上がりの造形。
③横画は、切り込むように起筆を入れ、反り返るような線質の横画に特徴。
太さは、進行方向に太くなっていく。
④向かい合う線が内側に反り返るような形(背勢)が特徴。
歐陽詢(おうようじゅん)は、生まれつき背が低く、顔形は醜く、風采が上がらず、他から侮られたという。また、父が謀反人とされ、処刑になったこともあり、苦しく不幸な幼少期を過ごした。しかし、刻苦精励し、隋朝に仕え、後に唐の高祖、太宗に認められ、当代随一の能書家となった。主な作品には『皇甫誕碑(627~641年頃)』、『化度寺邕禅師塔銘(631年)』、『九成宮禮泉銘』、『温彦博碑(637年)』で、いずれも楷書体である。
日本でも昭和時代から小中学校の教科書の手本にこの書風が取り入れられるなど後世に多大な影響を残した。
●ウィキペディア(欧陽詢)https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%AC%A7%E9%99%BD%E8%A9%A2
●文化遺産オンライン(九成宮醴泉銘)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/434795